幻の祭り解説

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幻のまつり
1丁目から6丁目まである長い本町通りの最も北にあるのが桐生天満宮である。

桐生新町はこの大門の門前からその町並みを整えたといわれる。江戸時代に入ると天満宮境内では、織物を取り扱う紗綾(さや)市が開かれるようになり、人と物の交流の拠点としてにぎわった。

現在の社殿は寛政5年(1793年)に完成したもの。重厚な趣きでその歴史を物語っている。型式は権現づくりといい、本殿と拝殿には見事な彫刻がほどこされている。

天満宮の臨時大祭に、”御開帳”と呼ばれる壮大なまつりがある。最後に開かれたのは昭和36年、すでに伝説的なまつりとなってしまった。

御開帳はその時の景気や住民からの盛り上がりにより開催されるといわれ、昭和に入ってからは昭和3年、同27年、同36年の3回だけである。桐生の総鎮守という性格から、まつりは全市をあげての大規模なものとなる。

その最大の特徴として、各町会がからくり人形を出し物に華麗な競演を繰り広げるということがある。

最後の昭和36年は4月25日から5月8日まで開かれた。「一本刀土俵入り」や「八百屋お七」「曽我の夜討」などの電動仕掛けの人形がそれぞれのドラマを演し、市民のかっさいを集めた。

市内の各所で人形芝居が見られたのである。紙芝居とテレビの狭間で育った子どもたちにとって、極めて魅力に満ちたまつりであつた。最後の御開帳から35年が経った。今後、御開帳が開かれるかどうかは全くわからない。しかし、”幻のまつり”にするにはあまりに惜しいものである。

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